いや加護を与えるのはお前だろう何を言っているんだ、と思わずツッコミを入れてしまった。
ここまで自分がたどり着く日が来るとは思わなかった。全てを授けし者編に入ってからはほぼ「一体この話にどう決着をつけるつもりなのか見届けてやる」というモチベーションのみでボスを撃破してきた。
6月末にサイドソリスティアが配信された時点では、日本版では主にサイドソリスティア編を進めて、全てを授けし者編は海外版で進めようと思っていた(海外編は8月12日現在全授2章まで配信)。ここに証拠としてゲーム開始画面のスクリーンショットを添付しておく。
サザントスを追っていよいよ神界に足を踏み入れた選ばれし者。サザントスの手記が神界エリアのあちこちに落ちている。
三欲のイメージカラーはそれぞれ富が黄色、権力は赤、名声が青だったと思うのだが(シンボルやカードの色はそうなっている)、ここでは権力のエリアは青が基調、名声は赤が基調になっていて、色が逆ではないのかという印象を持った。逆にしたのには何か理由があるのだろうか。
名授3章では大陸の覇者では竜石が全く無視されていたことに憤慨したが、このサザントスの手記によればフィニスの門を封印するのにちゃんと竜石が使われてたことになっていて、無印の一ファンは溜飲を下げた。
「祈るだけでは民は救われない」
守灰文書の最初の頁にはそのように殴り書きされていたとのことである。
サザントスは「この書の、そしてそう記した者の、存在意義なのだろう」とコメントしているが、サザントスのこのセリフは守灰文書の冒頭を踏まえたものではなかったのだろうか。
似たことを言っているのがいたと思ったが、こちらは正確には「聖火教会の教えを信じて祈ったところで、奇跡が起こるわけなどない」であった。
それにしても、無印のクリア後に開放されるサブストーリーで初めて手記を読んだときは衝撃だったが、全授5章、6章とさんざん手記を読まされた(別に読まなくてもゲーム進行に支障はないのは承知している)上でここでもまた手記で、ゲーム内で描写しきれなかった事情を手記で解説するのはいい加減やめたらどうかと思う。
だから言ったであろう。「母がこの惨状を見ることがあったら普通に嘆くと思う」と。
オルサをも「貴様」と呼ぶサザントス。この言葉遣いは本当にどうにかならなかったのかと思う。ぜひ演出の意図を聞きたい。
そしてようやくサザントスの元にたどり着いた選ばれし者にサザントスが問う。
2月16日に配信された全てを授けし者8章後編。「こんな世界を見せられて、なぜそれでもサザントスと戦わなければならないのか」という非難の嵐が吹き荒れた、サザントスの理想の世界。
クレス推しの人は「これこそクレスの目指していたエンバーグロウの姿ではないか」と言った。
あの時は三極編終章クリア後全極編開始前で、全授8章なんて全然遠い世界の話で、サザントスに対して自分の中にほとんど情報がなかったから、それは非難に値する内容なのだろうと思っていた。
これは、大陸の覇者2節、全てを極めし者以降のストーリーを何も知らないときの真っ新な感想だが、こういう感想も取っておくものだなと思った。
これを書いた頃は海外版をメインにプレイしていて、まさか日本版で先に全授8章まで到達するとは夢にも思っていなかったから、海外版での弊旅団団長ヴィオラが引き合いに出されている。
「欲のない世界」と聞いて、ずっと脳裏に浮かんでいたのは超人ロックの「不死者たち」というエピソードであった。不死者には永遠の時間があるので、結局意欲をなくしてしまうという話である。
あれから半年、ようやくここまで来た。
自分は、クレス推しの人の言う「クレスの目指していたエンバーグロウの姿」を見てみたくて、権力を選んだ(最終的には富、名声を選んだときに訪れる町も見て回ることになる)。名授1章でエンバーグロウが復興した姿に少なからず心を動かされてしまったのだが、あれを上回る感動はそこにあるのか。
実際に見たら、「何を見せられているんだこれは?」という困惑しかなかった。理想の世界になぜ死んだ人が出てくるのか? これは過去を改変したif世界なのか?
セラフィナは、理想の世界に生きたとしたら今ではなく200年前のはずなのに、なぜ今の時代の理想の世界に登場しているのか? そもそも、セラフィナが幸せに暮らせているということは、グラナート王国は滅亡しておらずホルンブルグは建国していないことになるのではないか? そのホルンブルグも、建国されていたとしても滅亡していなかったのではないだろうか?
欲望のなくなった世界は必ずしも葛藤のなくなった世界ではないけれども、何人かのトラベラー、たとえばリュミスやハーレー、オフィーリア、ラースなどは全く違う道を歩んでいたのではないか?
エンバーグロウにいるはずのサザントスの母はどこにいたのか? 母との対話を避け、母をなかったことにしたのか?
エリカに対するあのシメオンの戯曲並みに趣味の悪い扱いは何なのか?
終いには、灯火の守り手たちが選ばれし者を引き留めにかかる。「これはなんだ?」と思った。灯火の守り手たちがそんなことをするはずがない。典型的な、敵が主人公を騙そうとしている時に見せる幻影である。
つまるとかつまらないとかそういう次元の話ではなかった。中途半端に、ありあわせのもので、とりあえずそれっぽく作ってみました、と言わんばかりのハリボテの世界だった。
これは理想の世界を現世のすべてのエリアで作り込む開発リソースが足りなかった結果で、意図した演出ではなかったのだろうが、サザントスの箱庭の不完全さをよく表現できていて素晴らしいと思う。
サンプルが偏っていたのは認めるが、それにしても目についた感想のほとんどが「サザントスの理想の世界を壊す理由がない」というものだったのが信じ難い。壊す理由がない? こんないかにもチャチな「理想の」世界を? この世界を否定し、サザントスを打ち倒すことの何が「超展開」なのか? 自分は本当に彼らと同じものを見ているのか?
そして、不意に真に腑に落ちた。大陸の覇者はキャラゲーで、キャラゲーであるとはそういうことだったのだと。もっぱら聞こえてきた非難は、サザントスに対して思い入れの強い人たちの、作中でサザントスが報われないことに対する怨嗟の声だったのだ。
サザントスの理想の世界に対して違和感を表明している人もいたが、その声はごくごく控え目であった。
自分には、サザントスに対する肯定的な印象は結局最後までなかった(気の毒な人だとは思う)。おそらくそのせいもあって、サザントスの作った世界に対する感想にもいまひとつ共感することができなかった。「出生に周囲のエゴや同情の余地はあれど、彼奴はどう考えても無慈悲な正義ガンギマリマンなんだよなぁ…」自分も全く同意見である。
サザントスはオルベリクみたいなことを言うな。
サザントスはどこかプロメに似ている、と思う。
登場したときから、主に態度のせいで正直「なんだこいつ?」と思っていた。
というのがサザントスに対する印象だった。それが三授編終章で
……いや別におまえのためにやってたんじゃないけど? と思ってしまった。おまえは何様ですか? 聖火守指長様ですか。ここでそう思わなかった人はいるのだろうか。
(中略)この章を見ての率直な感想は「ふざけんじゃねーぞおまえ絶対にぶちのめす」であった。
……と、サザントスに対する心証は急激に悪化した。全授3章、5章、6章と彼の言い分を聞いた末、サザントスへの評価は
「人間の欲は底無しの谷のように深い」から「人間には生きる価値がない」と結論付けるのは論理の飛躍が過ぎるし、そんな理由で一方的に滅ぼされる謂れもない。
サザントスは自分の「欲」についてはどう考えているのか?
サザントスは、まずは自分の支配欲を自覚し、他人にどうこう言う前にまず自分の支配欲を滅するべきである。
ここまで、さんざん「人間は滅ぼすべき」などと言っておいて、今さら「救ってやりたいのだ」とか言われても「どの口が?」としか思わない。
サザントスは、そんなに何かを救いたいのならばまず自分自身と己の母を救うがよい。
やはり「余計なお世話」と言わざるを得ない。
辺りに落ち着いた。彼の事情はわかったが、だからといって彼の所業を甘んじて受け入れるわけにはいかない。サザントスは今すぐに人類に対するその余計なお節介をやめろと思いながら来たし、サザントスが「私は口が不得手でな」「剣を交えねば知れぬこともある」と言うから、その要望に応えて剣で語り合うまでである。
みんな「余計なお世話だ自分の自己決定権を行使させろ」とは思わなかったのか?
もっとも、オクトパストラベラーの舞台のモデルは中世13世紀くらいだったはずで、そのころには自己決定権などという概念はなく偉い人の一存で民衆の運命は決まってしまっていたから、キャラクター視点で考えてみれば実は不満を抱くこともないのかもしれない。
それでもトラベラー視点でサザントスに対して怒る理由はある。ああいう世界だから、多くのトラベラーには死に別れた大事な人がいたと思う。ゲーム中でいちいち描写されていないだけで、その人たちがサザントスにいいように亡者にされてトラベラーたちに襲い掛かってきたとしたら? それが一転して、何もなかったかのように理想の世界で暢気に生かされていたら? 辺獄でも理想の世界でも、生前なら言わなかったであろうことを言わされていたら?
全授2章でバルジェロがなぜ戦う決意をしたのか。
総力戦でエリカがなぜ「我が魂の尊厳のため、あなたを討つ」と言ったのか。
全授編でのサザントスのエリカに対する扱いは本当にひどいと思っている。今まで見た感想の中で、それについて怒っている人を見かけなかったのだが、本当に誰も疑問を持たなかったのか? 総力戦・ラスボス戦がエリカ接待だからそれで帳消しということなのだろうか。
「欧米では人間は死んだらただの物質なのでゾンビものが人気」(なので、多数の人間を殺戮したタトゥロックよりサザントスの方が罪はずっと軽い)という説を見たが、その欧米でも死者の尊厳という概念はあり、死者の名誉回復も行われている。
死人が増えるより死者の尊厳を踏みにじる方がマシ?
死者をリスペクトしない人物が、生きている人間は大事にするだろうなどと、よく信じられるものである。
ただ、サザントスは自分の考える「理想の世界」を実際に作り出し、評価を求めた。そのことは肯定的に受け止める。
これは大陸の覇者の公式トレーラーで、このトレーラーが出た時点でここまでストーリーが決まっていたかどうかはわからないが、見事な伏線回収だと思った。サザントスの世界を受け入れることは「思考を止め」「他人に判断を預ける」ことに他ならないではないか。
中ボス戦(8章前編のボス3体)の記録。
中ボス戦のために装備を揃える気力もなかったので、辺獄/神域武器でIV段階目まで強化していなかったものについてはさすがにIV段階目まで上げたが、あとはそのまま突撃。
他の人の記録を見ると、この半分以下くらいのターン数で片付けているので、やはり火力が足りていないようである。
砂楼の守護聖獣戦で生き残ったファルコ・カナリィ兄妹。兄妹で共闘できるようになり感無量である。
中ボス3は1回コンティニューした。日本版では1回10ルビーだが、海外版では30ルビーだったような気がする。ディスカウントは大歓迎であるが、価格が違うのはやや気になる。